車間距離40mを保てば渋滞は解消する〜渋滞解決に数学で臨む〜

西成活裕著「とんでもなく役に立つ数学」という本を紹介します。

これは,著者が高校生に向けて行った特別授業をまとめたものです。

『16歳の教科書2』執筆の際に

「どんな数学アレルギーも解消する自信がある」と書いた著者。

高校生にもわかりやすく,現実の問題を解くための数学を解説しています。

 

目次

  1. 次の一手を踏み出す工夫,正解に近いところから工夫すること。
  2. 譲り合うと社会が幸せ。
  3. 渋滞学,車間距離40mを保てば渋滞は解消する。

 

1. 次の一手を踏み出す工夫,正解に近いところから工夫すること。

前半は,数学の考え方,問題の取り組み方の解説となっています。

初めに,論理の組み立て方を解説した後に,

今度は,詰まったときに次の一手を踏み出す工夫を

次のように説明しています。

 

次の一手を踏み出せるかどうか

ノートに2つの点を書いて,この2点を定規で結んでみてください。

この線は,何を示しているかというと,2つの点の最短距離だね。

曲げるより,ピンと張ったほうがぜったい短い。

 

さて,この理論を使って,今から問題を解いてみてください。

一辺10センチの正方形になるように4つの点を書きます。

この4つのすべてを線でつなぎたい。

そして,つないだ線の長さが,一番短くなるようなつなぎ方を考えて,

定規で測ってみてください。

 

たとえば4つの点をみなさんと友達の家だと思ってください。

この4軒まわるのに道路が必要で,

なるべく早く全部の家にたどりつける線を見つけたい,という問題です。

これは,電子部品に使われるプリント基盤

(電気回路の配線がプリントされているボード)

の配線の長さをいかに短くしてコストを抑えるか,

などという現実の問題とも関係していて,

実際にいろんなところで使われている話です。

 

この問題,直感的に思いつく答えは,バッテンの道路でしょう。

しかし,これより,もっと短くなります。

答えは,YとYをひっくり返した文字をくっつけたような道路になります。

理由は,真ん中の縦のまっすぐな部分が,

対角方向に進むふたつの道路で共通に使われるから。

 

対角線が一番短いだろうって,みんながなんとなく思っちゃう。

なんとなく感じることってある程度は正しいけれど,

間違いを犯すこともある。

その間違いを犯す部分に数学を使えばいい。

 

みんながバッテンだと思うんだから,たぶん正解は近いはずなんだよね。

そのとき,ちょっと線をずらしてみるとか,

正解に近そうなところから工夫する。

これがブレイクスルーが起こる一歩です。

 

2. 譲り合うと社会が幸せ。

 次に引用するのは,

数学で人間関係の問題を扱った例です。

 

勝ち続けるのとゆずり合うの,どっちの社会が幸せ?

ゲーム理論において一度だけではなく,

何度も判断をくり返す 状況を「くり返しゲーム」というのですが,

この設定で行った次の問題を考えてみましょう。

 

[設定]

あるレストランが新装開店した。料理人の腕が良く,美味しくて大評判。

ただ,店は予約できず,客席はけっこう狭い。

6人までだったら快適に食事できるけれど,7人以上になるとぎゅうぎゅう詰めでイライラがつのり,かえって不愉快になってしまう……。

いま,この状況に13人が置かれているとする。

全員,できれば毎晩,その店に出かけたいと思っている。

でも,全員が店で食事することはできないから,

何人かはがまんして家で過ごさなければいけない。

そして,「快適に過ごせた度合い」で次のように得点制にしてみます。

[得点のルール]

・店に出かけたら,客は6人以下だった

  →快適に食事を楽しめたので,ベストの2点

・店が空いていたのに家にいた

  →残念だったということで0点

・店に出かけたら,7人以上の客がいた

  →窮屈でストレスを感じるので0点

・店が混んでいたとき家にいた

  →不快感はないので1点

 

この設定で,何度もくり返し,みなで得点の合計を競い合います。

得点が高いほど満足度が高いということですが,

真の目標は13人全員合わせたトータルの点数が高くなるということ。

この13人の社会全体がハッピーになる条件を考えてみたいのですが,

一人ひとりがとる行動を,次の2パターンで実験してみました。

 

ひとつ目は全員が「自分さえよければいい」

と自分勝手に振る舞うバージョンです。

店に行って食事を楽しめたら,翌日もまた店に行って

良い思いをしようとする。

家にいたときに店が混んでいて,窮屈な思いをしなくて済んで

ラッキーだったら,また翌日も家にいる。

つまり得点を取ったら,次も同じ方法で点を取ろうとするスタンスです。

もうひとつは,他の人を思いやって,

ある日に良い思いをしたら,次の日は他の人にゆずる。

つまり,店に行って食事を楽しめたら,翌日は他の人にゆずって家にいる。

もしも家にいて得点をもらったら,

翌日は混んでいるかもしれないけれど店に行ってみる。

これは,勝ちつづけようとせず,得点をもらったら,

次は他人に勝ちをゆずるという行動を表しています。

このふたつの振る舞い方でゲームをくり返した場合,

どちらが全員の合計得点が高くなるか,わかりますか。

 

10日ぐらいつづけるだけで差がついてくるそうですが,

実は,利益をゆずり合う行動をとったときのほうが合計得点が高くなります。

その差は日にちがたつほど開いていくそうです。

 

全体の合計得点を高めるというところがミソだと思いますが,

みんながみんなを思いやって行動する方が,

社会のトータルの幸せ度が上がるということが,

ゲーム理論から証明できることは面白いですね。

 

このような結果が渋滞解消のための数学にも出てくるというのです。

 3.  渋滞学,車間距離40mを保てば渋滞は解消する。

高速道路の渋滞は,どんなときに起きる? 

それでは,渋滞学の課題を一緒に考えてみましょう。

車の渋滞,とくに高速道路の渋滞について考えたいと思います。

[問] 高速道路の渋滞は,どうやったらなくせる?

 

ここで使う数学はセルオートマトンと呼ばれるものです。

 

セルオートマトンは,「0と1」と,それを変化させる「ルール」を使って世の中の現象を0と1の動きで表現する数学で,フォン=ノイマンが1950年代に考案しました。

彼は20世紀を代表する天才で,前回紹介したゲーム理論をつくっただけでなく,このセルオートマトンも考案し,さらに私たちが使っている計算機もつくった人です。凄すぎますね。

渋滞を考えるにあたって,セルオートマトンのセットアップは次の通り。

高速道路を車1台分強の長さである約7メートルごとに区切ります。

そこに

1:車がいる

0: 車がいない

として1と0をセットします。

ルールは

「前が空いていれば1が進み,つまっていれば進めない」

という簡単なものにします。

 

次に示す図は,

車が少ないときと,車が多いときのシミュレーション結果です。

 

図1.車が少ないとき。時間がたつと,適度にばらける

011000101110010→車の進行方向

010100011101001

101010011010100

010101010101010

 

図2. 車が多いとき。渋滞のかたまりが,後方に動きながら残る

101110011011110車の進行方向

011101010111101

111010101111010

110101011110101

 

図1のように渋滞にならない車の密度の限界は,

1キロメートルあたり25台未満ということがわかっています。

車間距離にすると40メートルです。

 

さて,ここからが重要です。

渋滞をなくすには,1キロメートルあたりあたり25台以下にすればよいのはわかったけれど,そのためにはどうすればいいでしょうか。

あ,ちなみにこれには「正解」というものはありません。

大切なのは,どれだけ論理的にに正しくアイディアを述べられるかです。

 

--- 車の台数をいくつかの場所で常にチェックして,

1キロメートルあたり25台以上多くなったら警告を出す?

---車間距離40メートル以上近づけないように

強制的に車に減速させるような仕掛けをつくる?

しかし,この実現はなかなか難しいようです。

 

セルオートマトンを使って高速道路の渋滞解決策を考えます。

図2を見ると,ある場所で発生した渋滞のかたまりは,

進行方向と逆に進んでいます。

崩れずに安定して後ろに伝わっています。

これは,この本に解説もある崩れない波のソリトンと考えられます。

これを崩す方法を考えます。

 

図3を見てください。

3台のかたまりがあって,その後ろの車は,

1セルしか車間距離を空けていないときです。

渋滞の波は残って,後ろに伝わっています。

 

図3. 車間距離を空けていないと...渋滞の波が後ろに伝わる

0101010111000車の進行方向

1010101110100

0101011101010

1010111010101

 

次に,3台のかたまりの次の車が,

3セル分の車間距離を空けているとどうなるか。

図4を見てください。

渋滞の波が消えていきます。

 

図4. 車間距離を3セル分空けると…渋滞の波が消える。正解!

1101000111000車の進行方向

1010100110100

1101010101010

1010101010101

 

車間距離を空けていれば,

前から来た渋滞の波を吸収し,弱めることができる。

これは,車間距離が空いていると,

前の車がブレーキを踏んでも,

自分はブレーキを踏まずに進みつづけられるからなんですね。

 

この車間距離を空ける走行は,全員がする必要はなくて,

10台に1台程度でも効果があります。

私たちは,この車たちを「渋滞吸収車」と名づけました。

 

個人の力が渋滞を消す?

渋滞吸収車は,車間距離をとることで,前が遅くなっても耐えて,一定の速度で走りつづけます。

これがブレーキの連鎖を止めるクッションの役割を果たすことになる。

20キロにも伸びた大渋滞はすぐには解消できませんが,1キロぐらい,あるいはそれ以下の長さの渋滞なら,個人の努力で十分消すことができるのです。

渋滞を見たら,あえて減速して車間距離を空け,渋滞領域に到着するのを遅らせる走り方をすれば,前方にある渋滞を成長させずに済む。

 

一人ひとりがちょっとだけ運転を注意することで,

全体の渋滞解消につながるのです。

みんながトクをするんだから,それぞれが自発的にやってくれるといいよね。

渋滞の研究を通して,「個の協力が全体の最適化につながる」という社会的な変化を起こしてみたいとも思っています。

 

渋滞学,いかがですか?

理論として,譲り合った方がいいんだと言われても,

一人の利益だけを高める別の方法があるのなら,

譲り合いは成立しにくいような印象を受けます。

しかし,渋滞の場合は,譲り合うと,全員がトクをして,

一人だけ圧倒的に早く進めるような別の方法はないのです。

私は,この点が興味深いなと思いました。

 

紹介してきた以外にも,

この本は,初歩的な微分の解説や

途中にも出てきたソリトンの解説と利用例,

実践編として,

トレードオフを表すグラフを使った考え方や,

窓口の渋滞,マラソンのスタート地点の渋滞,

さらには資本主義の次の社会システムなど

さまざまなものを扱っています。

 

ゲーム理論が気になった方は,

ジョン・ナッシュが主人公の

映画「ビューティフル・マインド」もおすすめします。

 

 

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